HIROSAKI Heritage|建物が語る弘前文化遺産
あおもり創成パートナーズ株式会社
旧第五十九銀行

旧第五十九銀行雪国に適した和洋折衷工法で、煌びやかな大空間を実現した、堀江佐吉の技術とセンス

旧第五十九銀行は弘前公園の南東、弘前市大字元長町に位置する近代洋風建築。ルネッサンス風の意匠を基本にした左右対称(シンメントリー)の外観。地方小都市に残る明治建築の中で、意匠的にも特に優れたものの一つとして、国の重要文化財に指定されている。完成は1904(明治37)年、木造2階建で、高さ地上17.70m。建築当時1階は銀行の営業室、2階が応接室として使用されていた。設計は名匠堀江佐吉、工期2年半、総工費67,711円と破格で、現在の価値では約13億円と推定される。

旧第五十九銀行(旧第五十九国立銀行)

弘前に青森県内で最初の銀行が誕生

明治政府は、銀行制度の確立を目指して、1872(明治5)年に米のナショナル・バンク制度にならった「国立銀行条例」を制定した。青森県内でも国立銀行設立の気運が高まり、旧弘前藩士を中心として銀行設立が推進された。弘前は城下町で、商人も多く、県内の経済活動の中心であったことから、1879(明治12)年、全国で59番目の国立銀行、県内初の銀行として「第五十九銀行」が設立された。

当時の青森銀行

設計者は堀江組800人と呼ばれた大工の棟梁「堀江佐吉」

堀江佐吉(1845~1907)は弘前藩お抱えの大工の家に生まれ、1879(明治12)年、1889(明治22)年と、北海道での開拓使関連の仕事に携わって、洋風建築の技術を独学で習得したと言われている。死後、「極めて度胸があり、技術は抜群で、棟梁としての才能があり、義侠心によって数百の部下を統率した。無欲で金銭に恬淡だったため、貯えはなかったが周囲から信用され、青森県下で重要な建築で佐吉が手掛けないものはなかった」と、評された佐吉は、洋風建築の津軽地方におけるパイオニアというだけではなく、棟梁として、一統700人余と言われるほど多くの職人がその下に集まったとされるほど、周囲を惹きつける人格者だったようだ。

設計者 堀江佐吉
写真提供:弘前市

堀江佐吉は、津軽地方を中心に多くの建物を建てた記録が残るものの、現存するものは少ない。弘前市内では、1904(明治37)年の旧第五十九銀行本店本館、1909(明治39)年の旧弘前市立図書館、そして、生前最後に関わった1910(明治40)年の旧弘前偕行社が残る。いずれも、佐吉の技術が最も円熟した最晩年の時期にあたる建物であり、重要文化財や県の文化財に指定されている。

旧第五十九銀行は、当時の岩淵惟一(いわぶちいいち)頭取から腕を見込まれ、「あんたが気がすむようなものをこしらえてくだされば、よござんしょう」と建築の一切を任された。堀江佐吉の最高傑作と言われている。

堀江佐吉の記念碑は、銅屋町の最勝院の境内に建立された。

最勝院五重塔 鐘付き堂
写真提供:弘前市

ルネッサンス風の意匠と機能性の融合

旧第五十九銀行は、ルネサンス風のシンメトリーな意匠を基調とし、腰の石造風目地や砂漆喰の白と色漆喰のミントグリーンの外観で石造りに見えるが木造の建物である。高さ地上17.70m、面積は階下373.7平方メートル、階上368.8平方メートルで、左右均等(シンメトリー)に調和され非常に美しい。正面は玄関周りを外壁面より張り出し、屋根には大型のドーマを設える事で建物の正面性を強調している。

旧第五十九銀行(旧第五十九国立銀行)

壁面は下地に瓦を張り、その上に4センチを超えるの厚い漆喰を塗り込んだもので、独特の風合いが生まれる。窓は土戸(土と漆喰で固めた引戸)を採用。銀行であるため防犯・防火に配慮した作りとなっている。

旧第五十九銀行の外壁
旧第五十九銀行 壁面

建築当初、旧第五十九銀行本店本館には窓格子があったが、金属供出によって撤去され、長らく窓格子のない状態だった。1983~1985(昭和58~60)年にかけての保存修理において、古写真等により、鉄製の格子を復元した。

1階と2階でデザインが異なる旧第五十九銀行の窓
旧第五十九銀行の窓
旧第五十九銀行の窓

旧第五十九銀行の屋根は、津軽地方では珍しい瓦葺き屋根。屋根工法は野地板(のじいた)に土居葺き(どいぶき)を施し、さらに赤土を敷いてその上に平瓦を葺いている。建設当時の平瓦は、鯵ヶ沢(青森県西津軽郡)で製作されたと伝えられている。1983~1985(昭和58~60)年の保存修理工事において、安田瓦(新潟県)を使用した。

青森銀行建築時の瓦

軒の上に回された低いバラストレード(手摺り)は、ヒバ材で加工したものに鉄板を被覆している。雪止め金具で屋根面と繋がり、落雪防止としての実用面を考えた仕様となっている。

旧第五十九銀行 バラストレイド(手摺り)

豪雪地域の風土に適した工法で、大空間と優美さを両立

積雪地では屋根や天井の加重を考慮して柱の数は多くなるのが一般的。本館は1階の営業室と客溜りに仕切り壁がなく、また2階の大会議室は柱芯々で約14m四方の空間に柱等の遮蔽物がなく、大空間を実現している。

旧第五十九銀行 2階の大会議室

本館の構造は、ボルトを使用した本格的なトラスの小屋組で、瓦や雪などを含めた屋根全体の加重を、外周囲のスパンの小さい上下層に重なった柱配置で支えて、堅牢な布基礎(ぬのきそ)に伝えている。塔屋部分は、トラスから束を立てた和小屋組の技法を用いており、和洋の折衷構造を組み合わせた屋根架構の技術は、堀江佐吉ならでは。

小屋組と西欧のトラスの折衷構造を組み合わせた屋根架構

塔屋上部には、アカンサスの葉がデザインされた棟飾りが置かれている。

旧第五十九銀行 塔屋上部
旧第五十九銀行 塔屋の屋根飾り
館内のドーマ窓から見た弘前市民中央広場の風景(一般入場はできません)

塔屋の棟飾は、1983~1985(昭和58~60)年の保存修理で取り外しており、館内で見ることができる。

旧第五十九銀行 塔屋の屋根飾り

営業当時の空気感をそのままにした館内

館内に入ると、明治時代の迎賓館を思わせるような豪華な作りで、銀行時代の広いカウンターが目に入る。古い建物特有のほの暗さが当時の空気感を感じさせてくれる。1階は、営業室、客溜り、第1応接室、頭取室。2階は、会議室、小会議室、第2応接室、控所、重役会議室がある。

旧第五十九銀行 1階
旧第五十九銀行 階段

柱は「杉」、階段は青森県産の「けやき」が中心、建具には青森県産の「ひば」が使用されている。営業カウンターは青森県産けやきの一枚板で、ワニス塗の光沢が美しい。約5.1メートルあり、大鰐町の山林から切り出したものと言われている。

旧第五十九銀行の営業カウンター

豪華な館内のシャンデリアは、堀江佐吉が工事を請け負った「旧弘前偕行社」に取り付けられている器具を参考に、複製したもの。

旧第五十九銀行 館内のシャンデリア

丸柱は青森県産のけやき材。柱頭に接する持送りに「アカンサスの葉」がデザインされている。アカンサスは、ギリシャの国花として親しまれ、古代から現代まで、ヨーロッパで最も使われている文様。花言葉は「芸術」「技巧」「建築」と言われている。

旧第五十九銀行 丸柱の柱頭

丸柱の上部のアカンサスや天井は、客溜り側は白漆喰、銀行員が作業をする営業室側は、蛇腹の黄大津で、コントラストが美しい。

旧第五十九銀行の天井

2階の小会議室は会議室と同様に天井には金唐革紙(きんからかわかみ)が使用されている。

旧第五十九銀行 2階の小会議室
旧第五十九銀行 2階の小会議室の天井

文明開化の華やかな雰囲気を漂わせる、控所の応接セットは、開館の際、フランスから輸入したもの。

旧第五十九銀行 扣所の応接セット
旧第五十九銀行 扣所の応接セット

希少なアカンサスの葉をモチーフにした金唐革紙の天井

金唐革紙(きんからかわかみ)は、和紙に金属箔(金箔・銀箔・錫箔等)をはり、版木に当てて凹凸文様を打ち出し、彩色をほどこし、全てを手作りで製作する高級壁紙。

旧第五十九銀行 金唐革紙の天井

小樽市の旧日本郵船小樽支店をはじめとして、全国的に現存する金唐革紙の施された建物は数えるほどしかない。旧第五十九銀行は、1階頭取室、2階会議室、小会議室、塔屋部分の天井に金唐革紙が残されている。

旧第五十九銀行 頭取室の天井の金唐革紙
頭取室の天井の金唐革紙(きんからかわかみ)
旧第五十九銀行 塔屋の天井の金唐革紙
塔屋の天井の金唐革紙は曲面に貼られている

弘前の洋風建築ではじめて国の重要文化財に指定

1972(昭和47)年、「地方小都市に残る明治建築の中では、意匠的に優れ、材料・施工もよい。」として、重要文化財に指定された。同時に棟札(むなふだ)も重要文化財の附(つけたり)指定を受けた。

旧第五十九銀行 棟札(むなふだ)

以下原文

重要文化財
昭和四十七年五月十五日 文部省指定
「旧第五十九銀行」
この建物は、当行の母体となった旧第五十九銀行(明治十二年―西暦1879年― 一月第五十九国立銀行として創立)本店として明治三十七年(西暦1904年)に建築されたものである。
昭和十八年(西暦1943年)十月、第五十九銀行ほか数行合併して青森銀行が創立された後は弘前支店に転用して来たが昭和四十年(西暦1965年)五月に支店新築にあたり、この地に移転し、第五十九銀行時代の貴重なる記念物として、又当地方における明治期の文化財として永く保存することにしたものである。
設計施工は、当時名匠といわれた当市の棟梁堀江佐吉氏の手によるもので構造は木造(欅材を多く用う)ルネッサンス様式の洋風建築としてこの地方に極めて貴重なものとされる。
昭和四十七年十月一日
青森銀行

本館と共に重要文化財に指定さてた棟札(むなふだ)

棟札(むなふだ)は、建築工事の完成を記念するために木札の表面に棟上げ、あるいは完成の年月日や、工事の由緒、工事主、工事関係者、工匠らの氏名を記入し棟木や棟束、梁(はり)などに打ちつけたもので、日本では平安後期に始まった習慣と考えられている。

棟札は、その性格と共に、建物の守護神や大工の神々を祭って、第五十九銀行の繁栄を祈って明治三十七年十一月十九日落成式の際に祭られた。全長1.5メートルのひのき材に墨書されたもので、表には施主の第五十九銀行の上層部の面々と棟梁・堀江佐吉の名が書かれ、裏には、大工をはじめとした工事関係者の名が記されている。

旧第五十九銀行 棟札(むなふだ)
旧第五十九銀行 棟札(むなふだ)

旧第五十九銀行の現存する「堀江佐吉の直筆図面」

株式会社青森銀行が所蔵する、堀江佐吉直筆の旧第五十九銀行本店本館に関係する建築図面で、ケント紙に黒インク書きの図面8枚、和紙に黒インク書きの図面2枚が現存している。

実際に建築された建物の形とは異なるが、佐吉の試行錯誤の過程が窺われるものであり、また、カラス口やコンパスを使用した形跡が確認されるなど、最先端の技術に挑んでいた佐吉の進取の姿勢が感じられる。その一方で、断面図においては、和の技術である相欠き鎌継ぎをあえて書き込んでいるところに、自らの出自に対する堀江佐吉の矜持を感じることができる。

旧第五十九銀行設計図面 新築正面乃図
新築正面乃図
旧第五十九銀行設計図面 新築事務室及営業室縦断乃図
新築事務室及営業室縦断乃図
旧第五十九銀行設計図面 新築側面乃図
新築側面乃図
旧第五十九銀行設計図面 新築平面配置乃図
新築平面配置乃図

大切な建物を壊さずに守る、市民の熱意が残した建物

旧第五十九銀行は当初、官公庁街である当時のメインストリートに面して東向きに建っていた。1965(昭和40)年同支店建替えにより取り壊されることとなったが、地元市民からの保存要望により、保存することを決めた。

元の位置から90度回転し50m曳屋して現在地に据えなおし、保存修理を行って、展示公開施設である「旧第五十九銀行」としてオープン。以後、半世紀にわたって、市民に親しまれてきた。

建築概要

名称 旧第五十九銀行本店本館(旧第五十九銀行)
設計 堀江佐吉
竣工 1904(明治37)年
構造・規模 木造、建築面積370.6㎡、2階建、桟瓦葺
所在地 〒036-8198 青森県弘前市元長町26 (青森銀行弘前支店脇)
文化財指定 国の重要文化財(1972(昭和47)年5月15日指定)

沿革

1879(明治12)年 第五十九国立銀行創設
1904(明治37)年 竣工
1943(昭和18)年 第五十九銀行ほか数社が合併し、青森銀行が創立→青森銀行弘前支店となる
1965(昭和40)年 支店新築に伴い、現在の場所に曳屋により移転、保存
1967(昭和42)年 公開展示施設として、名称を「旧第五十九銀行」とする
1972(昭和47)年 国の重要文化財に指定
1983(昭和58)年 大規模修理工事を実施
1985(昭和60)年 一般公開を開始

基本情報

区分 重要文化財
住所 青森県弘前市元長町26 地図
営業/休業 火曜日・年末年始休館
見学の際の注意事項 2階人数制限あり
営業時間 9:30~16:30
料金 一般200円(団体100円)
小中学生100円(団体無料)
交通 【バス】
JR弘前駅より弘南バス 土手町循環100円バス「下土手町」下車 徒歩約5分
関連リンク

市民が活用しながら保存する、これからの旧第五十九銀行

夜の旧第五十九銀行

2018(平成30)年4月2日付けで、弘前市は青森銀行から旧第五十九銀行本店本館の寄贈を受けた。新たな所有者となった弘前市は、同年より、建物の保存と活用の計画を定める「重要文化財(建造物)旧第五十九銀行本店本館保存活用計画」の策定を、策定検討委員会により進め、2020(令和2)年2月に文化庁長官の認定を受けた。計画に定めた新たな活用を目指し、老朽化で傷んだ外壁などの美装化をはじめ、空調や照明設備の導入、建築当時から残る床材を保護するための養生、展示施設のリニューアルなどの整備が実施された。
整備により、全面土足での観覧が可能となり、展示内容も建物のみどころや、弘前の洋風建築のガイダンスなど、新たな情報が盛り込まれた。

2021(令和3)年4月リニューアルオープン。
新たに1階部分を貸会場とし、文化的イベントなどで活用が進んでいる。2021(令和3)年12月2日には、建築家・起業家の谷尻誠氏を招いての「弘前Re Design ~今こそ文化資源の価値を見つめなおす時~」が開催された。

旧第五十九銀行で行われた建築家・起業家の谷尻誠氏によるイベント
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