HIROSAKI Heritage|建物が語る弘前文化遺産
あおもり創成パートナーズ株式会社
弘前城 天守ほか7棟

ひろさきじょう 弘前城 天守ほか7棟

史跡津軽氏城跡弘前城跡弘前城には、城郭建築として、天守をはじめ9棟が現存し、すべて重要文化財に指定されている。
城門と天守の銅瓦や城門の立ちの高さなど、雪国における城郭建築の独自の手法を見ることができる。
二の丸の櫓三棟は規模的にはほぼ同じだが、修理履歴などから形状に違いがある。最も古い計上を維持していると考えられる丑寅櫓は、一層めの床を張らず三和土の状態にしている。建物自体も土塁の上に礎石を直に置く。未申櫓は、一層の中央に心柱を据え、辰巳櫓は広崎八幡宮祭礼時などに藩主の来訪があることから、最も居住性の高い空間が形成される。
城門5棟もほぼ同様の規模だが、北の郭北門(亀の黄門)のみが、ひとまわり規模が大きく、かつ、銃眼を持たないことや、内部の階段に踊り場があるなど、他の城門との来歴の違いを想起させる。城門は18世紀半ば以降銅瓦が採用されている。
天守は、三重三層の層塔型の近世後期に建造されたものである。建築当初は、本丸南西隅に五層の天守があったとされるが、1627(寛永4)年に落雷により焼失したという。棟高が14.4mと、天守建築としては小ぶりではあるが、老松や無骨な城門や櫓を従えて屹立する姿は、周囲との調和にすぐれ、四季折々の景観を形成して市民を楽しませてきた。

史跡としての弘前城は、1952(昭和27)年に史跡に指定された。6つの郭、三重の堀と土塁、そして本丸の石垣によって構成され、総面積は49haである。築城当初の縄張りをほぼ全域に置いて維持し、近世大名の城郭規模を現代に余すことなく伝えている点で全国的に見て稀有な城跡とされ、評価が高い。
史跡津軽氏城跡堀越城跡のように、津軽為信が居城した城郭は、本丸を中心とした求心的な縄張りを有してはいたが、近世大名の居城としては不十分で、矩形を用いたより求心的で先進的な城郭が求められた。1611(慶長17)年に築城された弘前城は、そうした津軽氏の威信をかけた城郭で、以来250年以上にわたって、弘前藩津軽家累代の居城として機能した。

見どころ

広大な城跡の各所に城郭建物が点在していて、すべてチェックするのは大変かと思いますが、天守を見ることを目的に、どの出入り口からどの建物が近いかを確認のうえで散策するといいと思います。城跡の全体像は、城跡の要所に案内看板があったり、パンフレットが受付や緑の相談所で手に入ります。

基本情報

区分 重要文化財
住所 青森県弘前市下白銀町1 地図
営業/休業 開館4/1~11/23
見学の際の注意事項 天守のみ内部公開
営業時間 9:00~17:00
交通 【バス】
JR弘前駅より弘南バス 土手町循環100円バス「市役所前」下車 徒歩約1分(追手門まで)

【徒歩】
JR弘前駅より徒歩約25分
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